かわいい牛とミルクスイーツが待つ
絵本の世界のような牧場へ
青々とした草原に大きな木陰、揺れるブランコ。そばで草をはむ牛やヤギたち。上下町の山あいにある「池田牧場」には、まるで絵本の世界のようなかわいらしい景色が広がります。土・日曜、祝日は一般開放され、乳牛と触れ合ったり、カフェでミルクを使ったスイーツを楽しんだりすることができます。
あいさつから始まる牧場時間
牧場入口で靴底の消毒をすませ、奥に進んでいくとログハウスのような造りのカフェ「ペブロノマダ(遊牧民)」がある。「どこかにいます。大声で呼んでください」看板を見て呼びかけると、はーいと明るい声が返ってきた。この牧場を夫婦で切り盛りする小川香奈さんが駆け付けてくれる。大きな声であいさつするのが久しぶりで、とても気持ちがいい。
カフェは4月から10月の期間限定営業で、自家製のソフトクリームや、ミルクを使ったミルクコーヒーやコーヒーフロート、広島県産の米粉100%を使った米粉ワッフルなどを提供する。テイクアウトして牧場に点在するイスやテーブルでいただく。開放日にはバターやチーズ作り、えさやりや乳搾りも体験できる。
「静かだなあ」と木陰でゆっくりしていると、牛の鳴き声の合間に番犬が吠える声、鳥のさえずりや虫が飛んで草が揺れる音など、聴こえる音が増えてくる。自然はこんなにも賑やかなのかと驚く。
子供や牛を思いやる品質管理
池田牧場は、教職員だった香奈さんの祖父が戦後、生徒たちのために始めた。当初は牛2頭だったのが、創業70年を越えた今では81頭、生まれたばかりのもう1頭を合わせて計82頭を飼育している。香奈さんは三姉妹の次女として生まれ、高校卒業後は語学を学ぶために長崎県内にある短大に進学。久しぶりに帰郷して「牛の純粋な目にキュンとした」ことが酪農の道に進むきっかけとなった。酪農家として20年になる。
この牧場では、生まれた赤ちゃんをおばあちゃんまで育てる「一貫飼育」を行っている。外部からの接触がないので、病気が持ち込まれにくい。自家産飼料に遺伝子組み替えのものを使わない、雑草に除草剤、牧草地に農薬、虫よけに殺虫剤を使わない。こうした安全性への取り組みは、地域全体で積極的なのだそう。「地域全体で品質を守ろうという意識が高く、そのためのひと手間ふた手間を苦に思わない人が多い。それこそが、上下でつくられる酪農品や農作物の質のよさの理由だと思います」と話す。
同牧場で搾乳した牛乳は広島県三原市にある牛乳・乳製品加工会社に卸し、その大半は学校給食として出荷される。「子どもたちが飲むものだから、不安のあるもの出せない。消費者を意識して牛に接しています」。子供や牛を思いやる気持ちが品質管理につながっている。
大事に育てられた「箱入り娘」
朝5時半からご主人が作業を始め、香奈さんは3人の子供たちを学校に送り出して合流する。乳搾り、ベッドメイク、えさやりで午前中は終わる。
こちらでは、牛をつないでいない。牛は牛舎の中で自由に動くことができ、食べたいとき食べ、寝たいとき寝て、飲みたいときに飲む。暑い時には涼しい場所に移動する。ただ、どこでも糞をしてしまうので、こまめな掃除、ベッドメイクが必須だ。暑さで食欲がない様子だったら餌に酢をかけてさっぱりさせたり、夕方になると「甘いものが欲しいよね」と蜜をかけたり。「牛も人間と同じで、快適な環境がうれしいはず。箱入り娘ですね」と愛おしそうに見つめる。
そのほかにも、たい肥づくり、牧草づくりなど仕事は多岐にわたる。お産をした牛は24時間体制で見守って、おっぱいが張ったら搾ってやる。「牛は話すことができません。だからちゃんと目を見て、普段との違いに気づいてあげることが大事」。香奈さんは毎日、「おはよう、ごはん食べた?」など牛に話しかけながら牛舎の中を歩く。獣医を呼ぶことはほとんどないそうだ。
生きることを支えてくれる存在
視界にあるモノや建物のほとんどが手造り。屋根のある多目的ホールは、香奈さんの妹が結婚する際にパーティーができるようにと造ったそうだ。廃材を使い、約1カ月半で完成させた。今は体験施設として利用している。
宿泊施設「遊輝(ゆうき)牧場民宿」も手造り。主に酪農家を目指す実習生たちが利用するもので、このために民宿の免許も取得した。牧場内の水道や電気の配線も、溶接も自分たちでする。「何でもやらないと酪農家はできない」と楽しそうに笑う。
また、「酪農教育ファーム」の認証を取得し、酪農体験を通して、食と命の学びを支援することを目的に教育活動を行っている。香奈さんはファシリテータとして学校と連携し、小学生の体験学習や職場体験などを受け入れている。
「彼女たち(牛)のおかげで私の存在意義を日々実感できます。生きることを支えてくれる存在。ありがとうという気持ちでいっぱいです」。
池田牧場では、香奈さん一家が愛情注いで育てた「箱入り娘」たちがあなたを待っている。じっと見つめられてキュンとするひとときを楽しもう。