“着物リメイク”で暮らしを美しく、軽やかに

上下スタイル

フォーマルドレスにバタフライパンツ、巻きスカート風パンツ。身に着けると体にそって美しいドレープを描く美しい洋服は、眞野順子さんが代表を務める「上下スタイル」の着物のリメイク。気品漂う光沢、そよ風にも揺れる軽やかさ、そしてオーダーメイドのフィット感は、一度身に着けると病みつきになると話題です。


着物への優しさから生まれた「上下スタイル」

上下の街並みに溶け込む、昭和初期の風情ある建物を店舗に

 上下商店街の中心部にある昭和初期の建物。ガラス戸をガラガラと引くと、奥からすぅっと冷たい風が吹き抜ける。奥へ奥へと続く和室に沿って土間あり、そこに着物がズラリとかけてある。「まだ2階にもたくさんあるんですよ。数え切れません」と眞野さん。
 これらの着物は、眞野さんの名古屋の実家から「もう着ないから」と送られてきたもの。嫁入り道具の豪華さで知られる名古屋だけに眞野さんの着物も多く、お母さまが7人兄弟の跡継ぎで姉妹の着物も大量にあった。次々と届く着物を前にして、「このままでは着物がかわいそう」と感じた眞野さん。「この着物を使って新しいものを作ったら喜ばれるのでないか」と着物リメイクを思いついた。子育てを終えて自分のために自由に時間が使えるようになっていた時期。思い切って、広島市内で既製服を仕立てていた上下の友達に声を掛けた。「私もこんなことがしたかった」と思いが一致。平成25年に「上下スタイル」をオープンさせた。
 断捨離ブームの効果もあって、眞野さんの事業を聞きつけた名古屋の友人が「処分するのではなく、何かの役に立ててもらえるならうれしい」「親も喜ぶ」と質のいい着物が多く集まった。

奥に続く土間にズラリとかけられた着物。500、600着はあるそう

留袖でつくる新しいフォーマルスタイル

 これらの着物の中で特に多かったのが留袖。「最も格式の高い留袖でつくるドレスは、まぎれもなくフォーマルスタイル。ご家族やご親戚の結婚式用に仕立てる方が多いですね」。黒地を基調にして、留袖の裾模様をアクセントに。深い黒が色模様を引き立て、シルクの滑らかな生地が品の良さを漂わせる。訪問着や振袖からのリメイクも可能で、その場合も黒地をいかして全体のトーンを引き締めるのが上下スタイルだ。「着物のリメイクというと和柄をパッチワークのように組み合わせた民芸的なイメージが強いかもしれません。そうではなく、着物とは気づかないようなシンプルでモダンなものを目指しています」。
 着物フォーマルドレスはオーダーメイド。いくつかサンプルは用意するものの、使う着物、着る人の好みや要望を加えていくと世界に二つとないデザインとなる。
最近では、着物の喪服から洋服の喪服へリメイクする依頼も増えているそうだ。シルクの柔らかさをいかして、優しげですっきりとしたデザインに仕上げている。

左はカーディガン、右は男性の兵児帯がつくったジャンパースカート。 「かつて天領地だった上下の品の良さを感じさせるデザインを目指しています」

自分のためにオーダーする贅沢な時間

着物1着で3種類できるので、お母さまの留袖をリメイクして、娘さん、お孫さんと3代で着ていただくなんていうのも素敵ですね」

 お客様は上下町以外の人がほとんど。実際に会えない場合も多いので電話やSNSで要望を細かく聞き、採寸はお客様にしてもらう。そこからパターンを起こし、デニム生地で試作する(土台を作る)。試作といってもほぼ完成形。一着の洋服だ。一度のオーダーで、着物とデニムの2着のドレスができるので「一度で二度おいしい」と好評だ。
 この土台をお客様へ送り、実際に身に着けてもらってデコルテを5㎜広げる、脇を3㎜細くするなど、サイズ直しの指示を細かく入れてもらう。パンツの場合は、合わせる靴を履いた状態で裾の長さをチェック。「長すぎるとだらしなくなるし、短いとダサくなります。数ミリで印象が変わりますから」。こうして何度もやりとりを重ねてデニムドレスに直しを加えた後、本番の着物でドレスを仕立てていく。
 シンプルなデザインだからこそ、仕立てに緻密さが求めらる。「フォーマルウエアですから、趣味のレベルでは縫えません。それを任せられるプロ中のプロが仕立てています」。眞野さんが絶対的な信頼を寄せる職人による丁寧な仕立てが体にやさしくフィットし、すっきりと美しいボディラインをつくる。
 「デニムドレスを作ることや、何度もやりとりをすることは手がかかります。ですが、お客様に納得して満足していただけるためには外せない作業です。一緒に作り上げていく体験を楽しんでいただきたいですね」。予算はフォーマルドレス1点5万円程度。完成までの約1か月間、自分のためにオーダーする贅沢な時間をたっぷりと満喫できる。

店頭には着物や帯、眞野さんによる創作小物なども並ぶ

上下町で暮らす思いを“スタイル”に

2軒隣にあるご主人が営む「メガネのシンノ」

 眞野さんは、同じ商店街にある「メガネのシンノ」の奥様。同店は1920年に時計屋主体で創業し、平成6年から眞野さんのご主人である秀明さんが店を継いで認定補聴器技能者がいるメガネと補聴器の専門店とした。眞野さんは店の経営に携わりながら、店を離れられないご主人に変わって人脈を広げてきた。この人脈と、「上下にきてよかったと思えるようにしたい。でも、ここにいても何も始まらない。何かやらなきゃ!」という思いが「上下スタイル」の土台になっている。
 「上下商店街という街中に住み、お店を構えさせてもらっています。お世話になっている分、何かお役に立てることがしたい」という思いを常に持っている眞野さん。商店街のイベントに出店して着物を身近に感じてもらったり、リメイクデザイナーを招致した「着物リメイク服コンテスト」を開催したり。インバウンド対応で上下町にきた通訳と仲良くなり、外国人の着付けイベントも企画した。
 「リメイクは年配の方が楽しむものという印象が強いかもしれない。でも、コンテストで感じたのは若い人にも十分楽しんでいただけるものだということ。海外の人にも好評です。これからも、みんなに喜んでもらえるものを企画していきたいです」。
 「上下スタイル」を身にまとって、上下の町を上品に軽やかに楽しみたい。

シンノ2階一部は、江戸時代の上下の様子を伝える私設の資料館(有料)