標高480m、きれいな水で育った「四八米」豊かな甘みに感謝の気持ちと未来を託す
真っ白なごはんからほのかに立ち上がる湯気。たまらず口に運ぶと甘い香りが鼻腔をくすぐり、噛むと甘みが一気に広がります。収穫量が少ないために広く知られることのなかった上下のおいしいお米が、「四八米(しはちまい)」という名前でデビューしました。「これまで食べていたものと全く違う!」とリピーターが増えています。
上下で37年、農家の皆さんに恩返しがしたい
株式会社マサシロは昭和57年、上下町でヰセキ農機具特約店として創業した。主に農機具の販売、修理を行いながら、地元生産者の要望に応えるかたちでライスセンターの運営、留守だったり高齢化で作業ができないといった農家からの委託栽培、同社保有の田での米作りなど農業に関わる事業を展開している。農家の奥様の楽しみになればとヘルスケア商品の販売も始めた。
ある時、農機具を見に来た農家のお客様が「お米が安くて、農機具が買えない」と言った。社長の政城裕明さんは「米は年々安くなるのに、農機具は高くなっている。農家は高齢化し、跡継ぎも少ない。80歳を過ぎても働いています。これでは農家が持ちません」と心配する。「上下で事業をさせてもらって37年、支えてくださった農家の皆さんのため何かしたい」と、専務で奥様の桂子さんと一緒に考え始めた。
いつもの味が特別なおいしさだと気づいた
標高480mの上下町は昼夜の寒暖差が大きく、三国分水嶺からの湧き水が土地を潤す。ここで育った農作物は旨みと甘みが強い。ただ、山と谷が入り組んだ地形のため大量栽培が難しく、生産者たちは量より質を求めて独自の栽培方法を編み出してきた。手をかけて育てられた上下のお米は、収穫量が少ないために中心部や全国にまで行きわたることがなく、各農家ができた量を好きな家に売るという限定された範囲で食べられてきた。
桂子さんは、政城社長との結婚を機に家庭菜園を始め、お米にもたずさわるようになり、このお米を友人に食べてもらうと、「甘い!なんでこんなに甘いの?」と驚かれた。
「私もそうですが、上下の皆さんにとっては当たり前の味だと思います。色んなお米を食べてみましたが、このお米は全国で勝負できると確信しました。」
しかし市場に行けばコシヒカリでひとくくりにされ、均一の料金で買い取られる。政城社長と桂子さんは、上下のお米をブランド化して広くアピールしようと考えた。標高にちなんで「四八米」と名付けた。
元々おいしいお米をさらにおいしく
「四八米」作りは、苗を育てる育苗から始まる。酵素を与えて丈夫な苗にして、田に植える。「苗は生き物だから、毎日顔を見てやらんとね」と政城社長。水や土の管理は毎日続き、夏にはまた酵素を与える。炎天下で2、3時間もかかる作業は、同社の若いスタッフでもつらい。秋になって黄金に輝く稲を刈り取ったら、同社が運営するライスセンターでおいしさに磨きをかける。
四八米にかけた夢は末広がり
「四八米」は四八米こしひかり、酵素栽培、プレミアムの全3種類。桂子さんは2合サイズも用意し、知り合いや仕事先であいさつ代わりに配っている。営業マン代わりだ。「食べてみておいしかった」と個人や寿司屋やイタリア料理などの飲食店から注文が入るようになった。百貨店や道の駅で置かれるようになり、海外への出荷も始まった。こうした地道な営業で販売先を増やしている。
「販売ルートが広がれば、栽培してくれる契約農家さんを増やしていくことができます。いいものを作り続けることで若い人の就農意欲につながり、上下の町が元気になるといいですね」と政城社長。「四八米がもっともっと広く知られることは、農家さんのご苦労が報われることにもなります。たくさんの人に食べていただきたいです」と桂子さん。「四八米」に託したお二人の夢は、「四八米」の「八」のように末広がりだ。