“残したい一枚”のためなら歌も歌う
昭和初期の面影残す町の写真館

イナガキ写真館

「一生忘れない」と思う出来事も、日ごろの忙しさや時間の経過とともに頭の奥に追いやられ、次第に色あせてしまいます。写真を見るとその時の情景だけでなく、感じたことや笑い声もよみがえってきます。一生忘れずにいたい大切な瞬間を、イナカギ写真館で写真にして残しておきませんか。


笑顔が行き交う町の写真館

昭和初期の建物を改築した写真館。赤いポストは手作り

商店街の西端、長い格子の窓に赤いポストが目印の「イナガキ写真館」。稲垣利行さん、千津子さん夫妻が営む町の写真館だ。証明写真や記念写真の撮影、旅館や学校への出張撮影、学校アルバムの作成、遺影写真の作成など、写真にかかわることならなんでも手掛ける。取材中にも「ガラガラ…」と格子戸がたびたび開いて、ご近所さんがやってくる。
昭和初期の面影を残して改築された木造2階建てで、1階に写真館の受付と、千津子さんが扱うゴブラン織り小物のショップ「夢ちこ」がある。スタジオは2階。「お客様に年配の方が多く、膝が悪いと階段を上っていただくのが申し訳ない」と1階につくりたかったが、昔ながらの田の字の間取りのため構造上の問題でかなわなかった。
年配の方を案内する時は、千津子さんが手を添えて一緒に階段を上る。「まだまだお元気ですね」「今日はリハビリができましたね」と声を掛けて笑顔を交わしておもてなし。「車いすの方でも大丈夫なように」と、1階でも証明写真を撮影できる環境を整えている。

2階のスタジオ。太い梁が印象的なモダンな空間

毎年2~3月開催の「天領上下ひなまつり」では格子窓や店内にひな人形を展示

その時一番の表情を引き出したい

「写真館は年中無休。よその子を写しに行って、わが子が写せないなんてことも多かったねぇ」と振り返るお二人

同写真館の始まりは、先代である父親が昭和16(1941)年に大阪で開業した「イナガキ写真仕上げ専門店」。戦争の影響で廃業し、福山に帰省。昭和21(1946)年に知り合いの写真館から、上下町にある写真館「フジワラ写真館」の援助を依頼され、上下町に移り住んだ。写真館を手伝いながら「イナガキ写真場」を開業、後に「イナガキ写真館」とした。写真が白黒からカラー時代になり、自然光から蛍光灯を使うようになり、ストロボができ…。技術の進歩とともに、写真館も変化してきた。
利行さんは、日本写真専門学校(現在の日本写真映像専門学校)卒業後、広島市中区本通にある「キシダ写真館」での勤務を経て、上下に戻り稼業を継いだ。一級写真技能士、一級婚礼写真士の資格を取得、作品づくりにも精力的に取り組んできた。
成人式の記念撮影でお母さんから譲り受けた着物と聞けば、家族の絆を美しく残すためにパラソルの位置を何度も調整し、ポージングも数ミリ単位で指定する。「私には違いが分からない」と千津子さんが舌を巻くほどの細かさ。納得のいくまで時間をかけて撮影する。
アルバイト応募のための証明写真から各種記念写真まで、どのような写真でも「その時の一番いい瞬間を残したい」という思いは変わらない。「もう1カット!」と時間を忘れて没頭する。時間が押して次のお客様を待たせてしまうことも時にはあるそうだ。

先代が写真館を手伝っていたころからデジタル化に移行するまで使っていた写真機「アンソニー」

先代が使っていた古いカメラやレンズの数々が店内に飾られている

生活に寄り添うゴブラン織りに心が和む

1階では千津子さんが大好きなゴブラン織りの小物を販売

1階にゴブラン織りを中心とした小物を販売する「夢ちこ」がある。雑貨好きの千津子さんが雑貨店巡りでゴブラン織りに出合い、その美しさと孫の代まで持てる丈夫さに魅了され扱うようになった。
角コインケースはオリジナル商品で、千津子さんが生地に合わせてファスナーの色を指定して大阪の工房で作ってもらっている。これまで通算4000個を売り上げる人気商品だ。ポケットに入る手のひらサイズで、荷物を少なくしたい冠婚葬祭や旅行で使いたいと購入する人が多い。手ごろな価格なので、違う模様をそろえたくなる。色味や模様によって男性も持てる。
ビジネスポーチは、A4の書類を封筒に入れた状態でしまえるサイズにしてある。「上下町には稼業を継いで、書類を手にお役所廻りを担う女性も多い」という千津子さんの気づきから生まれた。計算機や文房具も入れられるように、マチつきもある。そのほかに通帳入れ、A4ファイルカバーやバッグなど生活に密着した商品展開に心が和む。

「夢ちこ」のファイルカバー、角コインケース 、文庫本カバー

マチ付きが評判のビジネスポーチ

1億総カメラマン時代、残せる写真を撮りたい

よい表情を引き出すために「根くらべ」中の利行さん

毎年、元旦に家族写真を撮るご家族がいる。いつも笑顔だった男の子が思春期を迎えてふてくされていると、なんとかして笑顔を引き出す。数年後、その子が成人になって自然な笑顔を浮かべている。「大人になったんだなぁ」とその家族の成長を感じる。
地元中学校の卒業写真のアルバムでも、一人ひとりへの思いが強い。生徒一人ひとりをできるだけ大きく見せてあげたい、たくさん写真を載せてあげたいと、千津子さんが手書きでレイアウトする。一人ひとりが何カット写っているかを正の字でカウントしながら写真を選ぶ。生徒の顔を知る町の写真館だからできることだ。
1億総カメラマン時代といわれるほど、写真を簡単に撮れるようになった。写真を撮ること自体がレジャーにもなっている。そんな時代の中で、利行さんは「一生残せる写真かどうか」にこだわる。「いい表情を引き出すために、田植えの話もするし歌も歌うよ。普段はできないけど、カメラを持っていたら堂々としていられる。お客さんとの根くらべよ」と笑う。
 1階の受付に飾られている集合写真を見ると全員が笑顔だ。その人のその瞬間の幸せが伝わってくる。今、この瞬間を一生忘れずに大切な思い出として残すために、町の写真館に出かけてみてはどうだろう。