扉を開けば別世界、
本物を見て「好きなこと」に気づく場所

上下画廊

イギリスのアンティークレンガの外壁にツタがはい、ステンドグラスが美しい「上下画廊」。洋風なたたずまいは、格子戸や白壁の町でひときわ目を引きます。画廊ということで少し緊張しながら扉を開けると…、100年を超える時間の厚みを感じる不思議な世界が広がっていました。


暮らしの中に歴史が息づく上下 見るものすべて新鮮

「上下画廊はどんな場所?」と聞かれたら、とても一言では言い表せない。扉を開けた正面には、骨董品が所せましと並ぶ。左に目をやると、高い天井からレトロな吊りランプが約250個、その下のホール全体に2500体ものひな人形が飾られている。右奥からはコーヒーの香りが漂う。

重森さんはもともと東京都の新宿育ち。デパートでの買い物が日常で、結婚を機にやってきた上下町での生活は180度違うものだった。もちろんデパートもコンサートホールもない。夜の8時に商店街を歩いていたら「夜中に出歩いていた」と噂になるほど、夜は人気がなく静かな町。寂しさを感じることはあったものの、すぐに上下町のすばらしさを発見した。
戦争で一度焼け野原となった東京は、すべてが新しく作り替えられていた。「上下町は暮らしの中に、町の歴史がそのまま残されていました。目に映るすべてが新鮮でした」と重森さん。元造り酒屋の「重森本店」には、酒造りで使っていた道具や家財など古いものが手つかずで残されていた。少し探れば、古伊万里などの骨董、歴史的資料となる書類が続々と出てきたそうだ。
「100年、存在し続けたものは、これから100年もあり続けるはず。今あるものをちゃんと残したい」、その気持ちが上下画廊の始まりだ。

天井からはランプ、フロアにはひな人形。その数に圧倒される

好きなこと始めて、好きなものを集めた

画廊がオープンしたのは1992年。重森さんの子育てが落ち着いたタイミングで「好きなことをしよう」と始めた。だから、画廊にあるのは重森さんが好きなものだけ。重森さんが好きな画家の絵画、骨董をはじめ、「デパートがないなら洋服を売ればいいし、コンサートホールがないなら作ればいい」と洋服もありコンサートホールもある。コロナ禍前には年4回、ライブを行い、毎回約100人、最大200人が集まった。和洋スイーツやランチをいただけるカフェもある。

骨董は、重森本店にあったものと、オークションや業者、そして「うぶだし」といって家や蔵のものを丸ごと買い取って仕入れる。うぶだしでは、現場に何があるのか、どんな場所かは行くまで分からない。ほこり舞う中を突き進み、2階の床が抜けて落ちてしまったこともあるそうだ。大変な目にあっても、骨董との出会いの楽しみの方が大きいと話す。

重森本店は通常は施錠されている。まずは画廊へ

器を集めた部屋。とんでもない掘り出しものが見つかりそう

これまでの100年と、これからの100年をつなげる

「骨董を見ながら、当時の人はこれをどんな風に使って、どんな暮らしをしていたのか想像するのが楽しい」と重森さん。人生を物語る骨董を未来に残していくために、どうしたらお客様に手にとってもらえるのか知恵を絞る。「新しい使い方を提案して新しい魅力を感じてくだされば、手にとっていただけるはず」。画廊や本店を見回すと、古い箪笥の引き出しに花が挿してあったり、ミシン台が棚になっていたり。酒蔵に眠っていたかごや井戸のつるべ、備前のかめにアーティフィシャルフラワーが飾ってあったり。こんな使い方があったかと、真似したくなるディスプレーがあちこちにある。
重森本店の奥には古いランプがずらりと並んでいる。たくさん集めているのは、部品を確保するため。古いランプは手作りで一つひとつサイズが異なるため、いくつものランプからサイズが合うものを見つけ出す。そうして、完成品ができる。「こうして手入れをして、使えるようにしておくんです。使えないランプはただの置きもの。使える状態にしておくことで、新たな役割を与えることができます」

歴史の中の新しさを味わう

画廊を始めて約30年、骨董といい絵画といい、ひな人形といい、その量はとにかく膨大。「骨董品は、家の中を探るといまだに新しいものに出会います」とおおらかに笑う。
この画廊を堪能するには1日では足りない。日を改めてじっくり見たいと思っていたとき、「どうぞ」とカレーライス。古伊万里の皿に盛られたカレーを、長い歴史とともに味わった。メニューを見ると、コーヒーやスイーツもある。

古伊万里に盛りつけられたカレーは重森さんの出身地、新宿中村屋特製

コンサートホールを埋め尽くすひな飾りは、次回のパリオリンピックに向けて凱旋門やエッフェル塔を加えてアレンジする予定。「店に座っているだけじゃ人はこない。新しいことやらなくちゃ」と、画廊と地域の賑わいづくりの両方に力を入れている。
重森さんはしばらく、東京には帰省できていない。「もう、ずっと上下でいいの。好きなものに囲まれて、好きなことをする。これからも上下町で色々チャレンジしたい」と目を輝かせた。
上下画廊は一言では説明できないし、さらに日々アップデートされている。歴史の中に見える新しさと、重森さんのバイタリティーをゆっくり味わってほしい。

オリンピックをテーマにしたユニークなひな人形飾り