家族でつないだ創業120年の歴史
昼も夜も「土田」で上下を味わう

御食事処・旅館 土田

上下町でふらっと地元で愛される味を楽しみたいときは、「御食事処 土田」へ。創業120年という老舗でありながら、定食や麺類、お酒にも合う料理を昼も夜も提供する気さくなお店です。併設の旅館は、明治、大正、昭和初期の建物が融合したノスタルジックな空間。天領の町の面影を随所に残し、中でも30畳の大広間は圧巻です。


時代とともにあり方を変え歴史をつないできた

食堂の入口と並んで、「土田旅館」の玄関がある。風格のあるたたずまいに、「敷居が高そう」と思う人も多いかもしれない。でも、中に入ると仲のよい夫婦が出迎えてくれる気さくな雰囲気。カウンターに、テーブル席、小上がりの個室。メニューは定食、麺類、一品料理と豊富で、お客様からのリクエストで増え続けている。昼も夜も同じメニューを提供してくれるので、夜に食事をしたい、一杯飲みたいなど、さまざまな利用ができる。
現在、お店を切り盛りするのは土田敏弘さんと奥さんで、なんと4代目。同店の始まりは、明治時代の中頃、初代が上下町に一軒の長屋を借りて、魚の行商を足掛かりに始めた一杯飲み屋、今でいう居酒屋だ。明治後半に座敷をつくり、大正時代に建物を拡大し、昭和初期に建物をまた新しくした。そのころから旅館業に専念、料理を出す割烹旅館として営業していた。戦争を経て旅館業だけでは事業としてやっていけないことから、昭和34年に仕出しや食堂を再開。昭和58年から土田さん夫婦も食堂を手伝うようになった。家族から家族へと受け継ぎ、創業120年となる。

掘りごたつ式なので足が楽。襖で仕切って2部屋にできる

地元住民が推す「豆腐ステーキ」、じわじわ人気の「カツ丼」

「豆腐ステーキ定食」940円。熱々の鉄板で最後までおいしい。単品もあり

「土田さんといえば、これよ」と上下の人たちが口をそろえるのが「豆腐ステーキ」。店主が20年前に始めて以来、一番人気だそうだ。
撮影の準備をしている私たちに「もう作っていいですか」と何度も確認され、お願いするとすぐさま鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てながら現れた。スライスされた豆腐に、ニラや豚肉、キノコ類を使ったとろりとした餡がかかっている。口に入れた瞬間、思っていた味と違った。濃厚でスタミナ食というイメージで、白いご飯が欲しくなる。定食にすると、ほしかったご飯、そして2種類の小鉢もついてくる。
おいしさの秘密は、熱々の鉄板。豆腐の水分が蒸発することで、味が薄くなることなく最後までおいしくいただける。もし、お皿に盛り付けたとすると、時間がたつにつれて水分が出てきてべちゃっとしてしまう。持ち帰りたいと頼まれても、家では同じ味を再現できないため断っているそうだ。「おいしものを作りたい。いちばんベストなときに食べてほしいから」という店主のこだわり。豆腐ステーキを出すタイミングを何度も聞かれたのもそのためだ。
もう一つの人気メニューが「カツ丼」。カツは全く見えないし、オムレツのように卵でおおわれている。数年前にラジオで取り上げられ、「卵がふわふわ」「初めて見るカツ丼」と評判を呼んでいる。店主によると、小鍋で1人前をつくるのは昭和50年代の後半から主流になった方法で、同店のカツ丼が本来の大衆食堂の形とのこと。詳しくは、お客様が少ないとき、店主に聞いてみて。上下町の歴史とともに語ってくれるはずだ。

国産豚ロースの「カツ丼」860円。味噌汁付き

明治、大正、昭和と時代を渡り歩く

旅館の客室は和室で全5部屋。夫婦二人の対応でご不便をかけないようにと収容人数は7人に抑えている。畳の上にベッド、部屋は襖や障子で仕切られている。「昔ながらの造りでご不便をおかけします」と申し訳なさそうな店主。このアットホームさは、最近ではなかなかできない体験ともいえる。
圧巻は旅館の2階。10畳の和室が3つ並んでいて、襖をとると30畳の大広間。天井が高いので、より広く感じられる。その天井は釘を1本も使わず張られているそうだ。梁には全く節のない「のぶし」と呼ばれる木材が使われ、書院づくりの床の間にはぜいたくにもけやきの一枚板が使われている。初代が森に入り、木を指定して、ここに造らせたそうだ。今では手に入れることさえ難しい貴重な代物だ。
 旅館部分は、明治、大正、昭和初期に建てられた建物がつながっている。それぞれの時代で床の高さが異なるため、同じ2階なのに階段を上ったり下ったり。それぞれの建物が垂直に接していないので、廊下の最後が斜めに切れていたり。同店のおおらかさや勢いが感じられて楽しい。

畳の部屋にベッド。奥さんが毎日空気を入れ替える気持ちがいい空間

大広間は、かつては客室として使われていたそう。入口に「参人室」の札が残る

賑わいが落ち着いたら歴史に浸る

食堂のカウンターの向こうに、古い帳簿がずらりと吊り下げられている。古いもので明治38年とあり、つけを記した大福帳、なんでもメモした萬覚帳。帳簿を開くと数字とカタカナで記録がつけられ、当時の店でどんな取引をしていたのかが分かる。
見上げると、カウンターを囲むように額装された古文書が飾ってある。これは、店主の父、3代目が床屏風(枕元に置いていた背の低い屏風)を修繕した際、中から出てきたものだそうだ。古文書には「上下御役所」とあり、天保の飢饉で年貢を安くしてほしいとお願いする文書の下書きだと分かった。代官所に出向く前に宿泊して書類を作成した「郷宿」の痕跡でもある。
「上下を歩けば、どこでも歴史を感じられます。古いものを大切に守ってきた町なんです」と店主。奥さんも「ぜひ、あちこちお店を訪ねてみてください。特に女性が元気。たくさん話してくれるはずですよ」と笑う。
すぐさま、「うちの奥さんも、話し出したら止まらんでしょう。私は料理を作っとるときは不機嫌そうな顔をしているらしいです。その分、奥さんが話しますから。でも、私も普段は明るいんですよ」と店主。上下にきたらぜひ、土田の料理、楽しい掛け合い、歴史を味わいに。

歴史話が盛り上がるカウンター席

「私も普段は明るいんですよ」と笑う店主の土田敏弘さん