根元まで柔らかくてジューシー
生命力あふれるアスパラガス
上下町のアスパラガスの収穫は春から秋にかけた半年間。春先のアスパラガスは柔らかく味が濃く、夏からのアスパラガスはあっさりジューシー。「上下町は朝晩の寒暖差が大きく、その環境がアスパラガスを美味しくてくれています」と話すのは、上下七色農園を経営する林新二さんです。林さんは10年以上続けた仕事を辞め、2022年に就農した若き農業者。林さんのチャレンジストーリーから、林さんのアスパラガスが美味しい理由が見えてきます。
「美味しいものを自分で作ってみたい」と32 歳で就農
2023年5月中旬、広島市で開かれたG7広島サミット。パートナーズ・プログラムの夕食の前菜「大地のサラダ レモン風味のジュレ」に林さんのアスパラガスが使用された。アスパラガスの鮮やかなグリーンが映える。林さんが就農して2年目のことだ。
数年前まで、林さんは上下町の農協のスーパーで働いていた。野菜や果物の販売を担当し、仕事で試食した鳥取県倉吉のスイカやシャインマスカットの美味しさに感動。「こんなおいしい果物を自分でも作ってみたい」と農業に興味を持つようになった。「仕事が落ち着いた50、60代になったら農業をしようかな」とぼんやりと思いながら、その夢を農協職員に話していた。そんな時、上下町にチャレンジファームが開設され新規就農者のための研修が始まると知る。2年間にわたって、府中市が産地化を目指すアスパラガス栽培の基礎研修や模擬経営を経験できるというもの。林さんは参加を決めた。
「祖母の田んぼの草刈りをしたことはないし、どこにあるのかも知らないほどでした」というように、それまでの林さんと農業とのかかわりは薄かった。体力はついていけるか、上下町に農地が確保できるのか、農業で生計は立てられるのかなど、思いつく不安はきりがなかった。それでも「自分で作ってみたい」という思いは消えることはなく、「ちょうど30歳という節目の年。自分がやりたいことに向けて行動をするとき」という思いが農業への挑戦に向かわせた。
アスパラガスは「センスが問われる作物」
2年間の研修を経て2022年2月に就農。ハウスでのアスパラガス栽培をメインに、販売経路が確立されているキャベツの栽培を始めた。
アスパラガスは、一般的な作物のように苗を植えて収穫する、ではない。株を植え、親茎をたてて光合成させ、その周囲から出てくる子どもを収穫する。タケノコのようなものだ。子どもが26㎝まで伸びたら収穫する。子どもは根っこに蓄えられた養分を消費しながら成長するため、このさき数年続けて収穫するためには十分な養分を蓄えられる親茎の立て方が重要になる。親茎を立てる時期、間隔、本数、太さは農家ごとに最善の方法がある。子どもを収穫しすぎると株が弱ってしまうため、子どもを育てながら株も育てなければならない。手をかけて大事に育てれば20~30年も同じ株で収穫を続けることもできるそうだ。「アスパラガスは農家の判断によって出来が変わってきます。センスが問われる作物だと思います。私は子どもはいないけど、子育てに似ているのかなと思います」
アスパラバスの栽培は、ハウス7棟、面積は24アール。収穫期は3 月下旬から10 月上旬まで収穫する。林さんは、同時にキャベツも栽培している。3月に定植して7月に収穫、土を耕して8月上旬に定植して11 月に年2 回収穫する。
手をかけた分だけ育ってくれる、手をかけなかった分も返ってくる
アスパラガスは、夏場は1日で15㎝も伸びる。だから収穫は1日2回。見逃していると、あっという間に木化してしまう。成長は待ってくれない。
朝にアスパラガスを収穫し、昼間はキャベツの世話。2023年にキャベツの栽培面積を85アールに広げたところ、手が回らずキャベツの半分以上がちゃんと育たなかった。アスパラガスの作業にも遅れが出てしまった。林さん自身、熱中症にもなった。失敗すると心が折れる。でも「農業は手をかけた分だけ育ってくれます。手をかけなかった分もちゃんと返ってきますけど。自分の責任を身にしみて感じています」と翌日も農園にやってくる。
気温が下がりアスパラガスの収穫期が終わると、アスパラガスが紅葉のように黄色に色づく。土際から茎を刈って取り除き、畝焼きをする。虫を退治し、病気の菌を来年に持ち越さないためだ。12月から3月にかけては肥料や牛のたい肥を施す。3月ごろ、気温が上がってきたら灌水して芽が出るのを待つ。休む間はなく、また新しいサイクルが始まる。
農業は、生きていくのに欠かせない“食”に携わる仕事
林さんにとって農業の魅力は? 「農業は大変な仕事ですが、生きていくのに欠かせない食にかかわることができる」とのこと。そして、「畑や田んぼは、先祖が山を切り拓いて何百年という歳月をかけて土壌改良してできた貴重な資源です。山に種を植えても野菜はできません。今、耕作放棄地が問題になっていますが、農業することでその問題解決に貢献できているのかなと思うとうれしい」と農業への決意を静かに語ってくれた。
また、上下町のアスパラガス農家で一番若手であることから「気にかけてくアドバイスをしてくださる先輩農家さんやサポートしてくれる方の期待に応えたいです」とも。「10年、20年後には、果物を育ててみたい」という新しい夢も生まれた。
収穫したばかりのアスパラガスを、ホットプレートで焼いてくれた。ふたを開けると、緑が一段と明るくなっている。何の味付けもしないまま口に入れる。穂先の軟らかさと、茎の瑞々しさに驚いた。まだ熱いと分かっていても、アスパラガスを取る手が止まらない。
アスパラガスの本来の味に気付かせてくれた林さんのアスパラガスは、上下町のAコープ、道の駅びんご府中で手に入れることができる。10年後には、林さんの果物も並んでいるかも。