いい種があれば、いいものができる
一粒から「幸せ」を育む種苗店

株式会社北尾種苗店

種をまくと芽が出て、花が咲き、実がなります。当たり前のことのようで、実際に育ててみると当たり前ではないことに気が付きます。上下町の「北尾種苗店」は、いい種といい苗、いい情報を提供し続けて70年を超える老舗種苗店。来年の豊かな実りを目指すため、「いい種といい苗があれば、いいものができる」という代表の北尾滋敏さんを訪ねました。


しっかり育った大きな種を求めて

北尾種苗店の始まりは、戦後の昭和25年。北尾さんの祖父が始めた店だ。北尾さんの祖父は京都出身で、日本で最初の高等農林学校として設立された盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)を経て、京都帝国大学(現在の京都大学)へ進んだ。その後は農業の指導員として新潟から島根、そして広島にたどり着いたときに第二次世界戦争が始まった。終戦を迎えて教職を離れることになり、京都へ帰ることを考えていたときに周囲の農業を志す人から「いい種がない」という悩みを聞いた。種の本場だった京都や奈良につてもあり、種を仕入れ農家さんに販売することになった。北尾さんが子どものころには、人口も農家さんも多く、早朝から夜まで商売をしていたそうだ。
上下の農家さんとともに歩んできた北尾種苗店は現在、3代目・北尾滋敏さんが引き継ぐ。今は野菜や花の種や苗、花鉢、果樹苗、土や肥料、農薬、牧草の販売と、県北や備後地方にある農協や学校、観光農園、酪農家への卸にも力を入れている。
北尾さんが仕入れる種の条件は、「しっかり育った大きな種」であること。「種にも出来不出来があって、いい種じゃないと、いいものはできない。いい種を仕入れられるかどうか、はメーカーや生産者との信頼関係がものをいうんです」と話す。

種を量り売りしていたころに使っていた「ます」

食べていける「種」を見つけたい

もう一つ、北尾さんが大事にしていることは、上下町で需要があり、育てやすいかどうかだ。
上下町の新たな産品になればと、農家さんに生姜を提案したことがある。育てやすいものはすでに生産者が多いため、少し難しい挑戦をすれば注目を集めることができると考えた北尾さんは、無農薬での栽培を提案した。生姜は農薬を使うとかびくさくなるため、無農薬栽培なら味もよくなる。健康志向の高い層に向けてもアピールできる。生姜の種を国内のあらゆる産地から集め、中国からも取り寄せ、協力農家さんに実際に育てててもらって上下の気候にあうものを見つけ出した。通常よりも1カ月早く収穫することで、柔らかくさしみで食べてもおいしい生姜となった。「10年たってやっと軌道にのり、上下町は生姜の一大産地になりつつあります」と北尾さん。東京の高級料亭などにも卸され、「これを使ったらほかの生姜は使えない」とまで信頼されているそうだ。
「上下町には耕作放棄地、土地が余っています。農業で食べていけるようになれば、農業をする若い人も増えるんじゃないかな。それによって上下町が元気になると思うんです」。食べていける種を見つけることが、北尾さんのやりがいになっている。
観光農園への提案にも力を入れる。ある藤園に、藤棚の下の空いた空間を活かして、下から生える「のぼり藤」を提案し採用された。その藤の苗を栽培してくれる生産者の開拓も北尾さんの仕事だ。「どこの観光農園さんも新しい情報を欲しがっている。これなら喜んでもらえそうだなと思うものを仕入れています。新しいものを見つけるのが好きなんです」と笑う。

レジ前は旬の苗が並ぶ。秋はもっぱら玉ねぎで、お客さんが途切れない

定番の野菜の苗も取りそろえる

専門店としてアフターフォローは当然

北尾種苗店が1年の中で最も賑やかになるのは春。店の周囲を囲むように、色とりどりの花や苗が並ぶ。取材で訪れた秋の北尾種苗店も楽しい。ワイン色の花穂が美しいミューレンベルギア、白いつぼみにピンクの花が咲くサルビアピンクアメジスト、ハート型の葉がついたマルバノキ、メタリックに輝くコルジリネが並ぶ。花が減る冬に彩りを添えてくれるビオラは、花びらの縁がレースになった珍しいものだ。ピンク色のイチゴがなり、桃の香りがするというものも。「なかなか出回らない珍しいものなんですよ」と北尾さんが次々と紹介してくれた。
これらは、北尾さんが全国各地で行われる展示会や主要市場で見つけたり、または生産者に直接問い合わせたりして仕入れたものだ。新しいもの、珍しいものが入荷するとインスタグラムで発信する。それを見た目の肥えた園芸ファンが、広島や東広島からも来店する。「わざわざ来てくださるのだから、面白いものをご用意しておきたい。するとまたきてくださると思うんです」と目を輝かせる。

丸型の葉っぱが特徴的なマルバノキ。「映えるでしょ」と北尾さん

ピンクとパープルのストライプが美しいコルジリネ

花びらの縁がフリル状になっているビオラ

ピンク色のイチゴがなる「桃薫」。桃の香りがするそう

目指すのは寺子屋のような存在

鉢植えコーナーには、オーストラリア原産の柑橘類で長さ5センチ程度の円筒形の実がなる「フィンガーライム」、ブルーベリーや大きな実がつくラズベリーなど、珍しい鉢が並ぶ。これらは北尾さんが育ててみて、上下町の気候に合うかどうかを確かめ育てるポイントを把握して販売する。「売る以上、育て方も熟知していないとね。専門店としてアフターフォローは当然です」と話す。
育て方についての問い合わせがあれば、直接訪問することも多いそう。「お電話は助けてほしいという合図。お客様と仲良くなれるチャンスですし、嬉々として出かけます」。気持ちを聞いてあげて、改善策を伝える。
農家さんに対しても、要望を聞き取って種や苗を提案し、一緒に育てていく。「失敗体験が多くなると、農業を辞めてしまうかもしれない。成功体験ができるように一緒に取り組んで、これを育ててよかった、農業をしてよかったと思えるようにサポートしたい。種や苗にかかわる駆け込み寺のような存在になりたい」と話す。そして北尾さんが最終的に願うのは「この地域を持続可能にしていく」ことだ。
いい種、いい苗、いい情報を求めて、北尾さんを訪ねてみよう。きっと、幸せの種が見つかるはず。

店頭でフィンガーライムの栽培を実験中