困りごとに耳を傾け、不便を快適に。
毎日を優しくする街の時計屋さん
創業から70年を超える歴史を持つ、街の時計屋さん「小川時計店」。白壁や格子戸が続く上下のメイン通り、上下キリスト教会の向かいにあります。「お客さんの困りごとを解決したい」とお客さんの声に耳を傾け、道行く観光客に声をかける店主の小川幸太郎さん。時計屋さんの小川さんが考える、いい眼鏡、いい時計、そしていい毎日についてお話を伺いました。
町の時計店として創業70年
上下の古い町並みになじみつつ、蔵をアール・デコ風に改装した上下教会はよく目立つ。素敵なたたずまいを丸ごと写真に収めようとしても、一番上の十字架が見切れてしまう。困っていると、向かいの小川時計店の小川さんがお勧めのアングルを教えてくれた。
小川時計店の創業は昭和21年、始めたのは小川さんの父。戦前に吉舎町で時計修理の修行をして、戦後に上下町に店を構えた。
小川さん自身は高校卒業後に尾道市の宝石時計店で5年ほど修行した後、父の店を手伝い始めた。昭和58年、眼鏡技術の研究を目的に日本で初めて組織された眼鏡技術研究会に所属し、目の生態や眼鏡を作るときの注意点などについて、大阪、名古屋、東京に通って学んだ。研究会が発行する雑誌は第1号から最新号までそろい、小川さんが学び続けていることが分かる。専門的な知識をもとに、地元の人の目の困りごとを解決してきた。
現在は妻の節子さんと二人で「お客様の不便を快適に、お客様に喜んでもらえること」をモットーに店を営む。主な事業は、眼鏡、時計、補聴器の3本柱。「小川さんならなんとかしてくれる」と長い付き合いのお客様に頼りにされる店だ。
優しく抱っこしてくれるような眼鏡を
小川さんの眼鏡選びは、職業や生活スタイル、眼鏡を使う目的の確認から始まる。遠くをよく見るのか、PC作業など近くを見ることが多いのか。仕事をしている時間が長いのか、家庭でくつろぐときに使いたいかなど細かく聞く。そして視力検査、フレームやレンズ選び、フィッティングや調整をして、その人にとっての「いい眼鏡」を作っていく。
小川さんの「いい眼鏡」の定義を聞くと、「顔を抱っこしてくれるような眼鏡」と優しい答えがかえってきた。顔を包み込んでくれ、顔のどこかだけに負荷がかかっているようなことのない眼鏡。眼鏡には多数のパーツがあり、ずれにくくするなど機能目的の加工もあれば、おしゃれに見せるための装飾もある。店内に置いてある商品をきっかけに、加盟する大手眼鏡チェーン「メガネの21」の膨大な商品群からその人に必要な「いい眼鏡」を提案してくれる。
出来上がった眼鏡を渡すときには、「もう1回、店に来てね」と声をかける。「目の疲れは全身に影響します。例えば、夕方の疲れ目で視力が下がっている時に作った眼鏡は、リラックス時には見えすぎて疲れてしまうかもしれない。楽な眼鏡なら疲れが少なくなるはず。毎日頑張っている人に、楽に生活してもらいたい」と気遣う。
補聴器コーナーーには、主流の耳掛け型、耳あな型、自分の耳の形に合わせてつくるものなどさまざまな商品が並ぶ。使う人用に調整した補聴器を装着してもらい、「また来てね」と声をかける。補聴器に慣れて分かる違和感を聞き、その人に使いやすいように再調整する。
自分にも人にも優しい時計を
さて、「いい時計」ってどんなものだろう。「皮膚に優しい時計でしょうか」と小川さん。ベルト金属の部品の角がたっていると、皮膚を傷つけてしまう。メッキ加工だと時間経過で中の素材が見えてきたり、素材が傷んでさびを出すこともある。専門知識と経験を使って、外観からでは分からないことをチェックする。「肌に直接身に着けるものなので、快適性や安全性にこだわりたい。自分に優しく、人にも優しい作り方ができている時計をご提案したいと思っています」。仕入れるときには、時計の値段に関係なく、体に優しいかどうかというチェック項目を重視する。
宝飾も扱っているが、昔のように親子代々付き合いが受け継がれることは少ない。長いお付き合いのあるお客様との関係の中で、こんなのある?という要望を聞いて提案している。そのためにも、宝飾の仕入れ先とのつながりを持ち続けている。「どんなものを提供すると喜んでくださるかを常に考えることが大事だと思っています」と穏やかに話す小川さんなら、「こんなのがほしかった」という納得のものにきっと出会えるのだろうと感じる。
この場所で皆さんの困りごとを解決したい
小川さんがまだ店を手伝っていたころは、時計を長持ちさせるために2年に一度は修理に出すのが当たり前だったため一定の客数を獲得できていた。また、上下町は神石高原町や甲奴郡の人たちが買い物に来る町として賑わい、人通りも多かったそうだ。今は住民が減り、交通網の整備や大型店舗の出店で客足も減った。それがコロナで客数の減少が進んだ。それでも店を閉じることなく営業を続けているのは「上下町は今、これからいい町にできるかどうかの正念場。空き家にすると商店街がさみしくなる。なんとか盛り返したい」という思いがあるからだ。
コロナ禍前には、観光客を見かけると「どこから来られたんですか」と声をかけ「写真を撮りましょうか」と、町並みをバックに来ていただいた方の想い出の1シーンとなるよう交流しているそうだ。「コロナが空けたので、また皆さんとお話がしたいですね。観光に来られる方や地域の方と会話しながら、生活の中で楽しく続けていきたい」と話すご夫婦の優しい語り口に癒される。
時計・眼鏡・補聴器のことはもちろん、上下町のことをもっと知りたいとき、教会のアングルを探しているなら小川時計店さん。小川さんなら何とかしてくれる。