「説明しすぎ」が喜ばれる
眼鏡と補聴器の専門店
上下商店街で白壁がまぶしい「メガネのシンノ」。1920年に時計屋主体で創業し、現在は3代目となる眞野秀明さんによる眼鏡と補聴器の専門店です。「説明が長い」と言われてしまうこともあるという、熱意あふれるお店。あなたに合う眼鏡や補聴器を一緒につくってくれます。店舗2階の「眞野資料館」では、江戸時代の上下の歴史に触れることができます。さあドアを開けて、上下の魅力をお楽しみください。
「ちゃんとした眼鏡を提供したい」と名古屋へ
秀明さんが大学4年生のとき。眼鏡の卸業者から、名古屋の眼鏡株式会社「(株)キクチメガネ」が大学並みの4年制のキクチ眼鏡専門学校をつくったと聞いた。その学校では「視力を通して人を支える、真のスペシャリストを育成する」という理念の基、人を育てて、ちゃんとした眼鏡を提供していくという精神を掲げていた。当時は学校で眼鏡づくりを学ぶという人はほとんどおらず、「極端にいうと、何も知らなくても、今日からでも眼鏡屋ができた」という時代。シンノも、時計職人の秀明さんの父が研修を受けて眼鏡も扱っているという事業形態だった。店を継ぐ気持ちがなかった秀明さんの心の中に「ちゃんと勉強をしてみたい。きちんとした眼鏡を提供できる人になりたい」という熱がじわじわと広がってきた。
そして(株)キクチメガネに就職。店舗で実際に働きながら、眼鏡学校で学んだ。その卒業生は今も眼鏡業界で優秀だと知られる人が多い。実践と学びの15年を過ごした。
信頼関係で自分に合う眼鏡にしていく
秀明さんが家族と上下に帰ってきた1994年、「寝ているときも時計している」時代はおわりつつあり、電池交換の依頼も減っていた。時計だけでは食べていけない時代だと感じた秀明さんは、新たな事業の柱として(株)キクチメガネで身に着けた眼鏡製作技術と、補聴器専門認定技能者を取得して補聴器の取り扱いを開始した。
眼鏡は検査データだけで作ることはできない。データはあくまで参考資料。使う人の生活環境や仕事に合わせて、その人がどう見えたら快適なのかを考えなければならない。例えば、事務仕事が多いのに遠くがよく見える眼鏡にすると、いつも緊張した状態になって疲れやすくなってしまう。「目から肩こり、頭痛、全身の不調につながるから」と心配し、遠くは緩めの見え方にしておく。
(株)キクチメガネにいたころ、若い学生さんが眼鏡をかけても見えないと来店した。度数を高める前に、秀明さんは病院へ行くように勧めた。後日、本人から手紙があり、良性の脳腫瘍が早くに見つかってよかったとお礼の手紙があった。「眼鏡を売ることばかりに気をとられていたら、その方の病気に気づけなかったはず」。今でも、眼鏡を調整する前に、まずは眼科へ行ってもらうように促す。「上下町はお年寄りが多い。白内障、緑内障も心配だから。眼鏡を作るのはそれからです。こんなことをいろいろ言うから、説明しすぎだ!とお客様に怒られたこともあります」と笑う。
随分前に、乱視用の眼鏡をつくったときのこと。1カ月後、「よく見えない」と再び来店があった。話を聞くと、眼鏡はあまりかけず、すぐに返品するのは悪いからと1カ月待って来店したとのこと。「慣れるまで頑張ってかけてくださるかどうかを、僕がもっと会話をして確認すべきだったと反省した。乱視は脳で補正して正しくみている状態のため、乱視用の眼鏡で正しく見えるようになるまでに一定の期間がかかる。自分に合う眼鏡にしていくには、お互いの信頼関係が必要なんです」と力を込める。
「あきらめずに使う」と約束できないと売らない
補聴器については、(株)キクチメガネで多少は勉強していた。補聴器メーカーから「自分に合う補聴器をつけていただくには、お医者さんとも話ができる専門店が必要だ」と聞いた秀明さんは、補聴器専門認定技能者の資格を取得した。補聴器を初めて作る人には、眼鏡作りと同様にまずは病院へ行ってもらう。耳垢がないか、病気がないかを見てもらい、実際に補聴器をつけたらどのくらい聞こえるかを調べてもらう。そして、いよいよ秀明さんと補聴器作りが始まる。
「補聴器をつければ、全ての音が聞こえるようになるというのは誤解です」と秀明さん。声には高い低いがあり、滑舌の良し悪しも人によって違う。遠くにいる人の声が聞こえにくい、大人数の中だと聞こえづらいなど、状況によって聞こえ方は違ってくる。眼鏡のように「あの文字が見えるようになる」という分かりやすい目標設定ができない。だからこそ、補聴器は、調整を重ねて自分に合う補聴器にしていく育てるような時間が必要だ。「眼鏡よりも補聴器のことを理解していただくのが大変です。とてもエネルギーがいることです。補聴器を自分に合うものにするために、本当にやる気があると約束してもらわないと売らないんです」と話す。
本当に、補聴器を売らないこともある。夫婦での会話が聞こえづらいと訴える人に、どうやって話しているかを聞いてみる。「お互いに明後日の方向を向いて話していたのを、面と向かって話してもらうようにしたら聞こえるかもしれないですよね。早口なら、ゆっくりとくぎって話してもらうと聞こえやすくなるかもしれない。お互いに気を付けることで補聴器はまだ必要ないかもしれないから」。それでは商売にならないのでは?と聞くと、「商売だからこそ正しいことを伝えたい。補聴器は会話するための道具。その人にとって必要なものを届けたいんです」と思いを話してくれた。
先日、東京に補聴器の研修に行ったばかり。「これがないと会話ができんのよと言われるのが喜び」という秀明さんの勉強はこれからも続く。
ドアを開けてきてくれる期待に応えたい
ある日、長年のお客様がやってきた。友人に「なんでシンノに行くん?安売りのお店に行ったら?」と言われたとのこと。「シンノには高いのも安いのもあるよ。それにネジが取れたらパッといって直してくれるから安心って言ったのよ」と話してくれたそうだ。
「眼鏡を長年使っていると、ネジがとれたり、変形したりすることもあります。そんなとき地元の眼鏡屋さんならさっと行って、さっと直すことができます。こうして地元のお店を頼りにしていただけてうれしい」と秀明さん。そして「何軒もある眼鏡屋さんの中で、うちを選んできてくださるすごいこと。わざわざドアを開けて、この店に入ってきてくださるなんてありがたいことです」と話す。
「眼鏡のかけ具合の調整をするから、また来てくださいね」と伝えても、秀明さんに遠慮して見えづらいのを我慢し続けていたり、お金を頑なに置いていこうとする人も多いという。「来てくださる方はお店のファン。それに甘えて、クレームが言いづらい店ではいけないと思っています。おかしいなと思うことは言ってください。買っていただいた代金にその後のお手入れも含まれているんですから。私たちのできる限りをつくしたい」。
そんな秀明さんの熱い説明を聞きながら、自分のための眼鏡や補聴器を探してみてほしい。