父の優しさと地元愛を包んだ、上下名物「つちのこ饅頭」

風月堂

平成元年ごろ、全国的なブームとなった“つちのこ探し”。上下町にも全国から探検団が押し寄せました。「町おこしのお役に立てる土産を」と名乗りを上げたのが和菓子製造卸の「風月堂」。「つちのこ饅頭」は上下名物として、焼きたてを冷める間もなく出荷される人気のお菓子です。


ちょっぴり洋風、新しい味が“上下名物”に

 「つちのこ饅頭」は、まん丸の栗に白餡をまとわせ、しっとりしたパイ生地で包んだ饅頭。北海道産の最高級の白小豆を使用した白餡の上品な甘さと、パイの香ばしさのバランスが絶妙で、食べ始めるとまたもう一つ…と止まらない美味しさ。「つちのこが栗をパクっと食べたイメージなのかもしれませんね」と笑うのは2代目の政延三代子さんだ。  
「風月堂」は昭和43年、三代子さんの父親である先代が上下町で創業。当時は生ケーキから和菓子、焼き菓子など幅広く和洋菓子製造卸業を展開していた。できたお菓子は自転車やバイクで配達。三代子さんは母親が運転するバイクの後ろに乗って、一緒に山道を配達したことを覚えている。そんな中で、先代がちょっぴり洋風を漂わせる「つちのこ饅頭」を開発。新しいお菓子として地元の人々を驚かせた饅頭は、それから30年、形も味も変えず今も作り続けられている。

山道の途中に突如現れる大きな看板。「つちのこ」という言葉に驚き、饅頭を探し求める人も多い。

待ってくれる人のために覚悟を決めた

 三代子さんは福山から通って製造を手伝っていた。「つちのこ饅頭」に続いて「スイートポテト」といった人気商品も生まれ、作っては冷める間もなく出荷する忙しい毎日。正月や行楽シーズン、お盆前などの繁忙期には、地元の女性にも手伝ってもらった。
そんな時、先代が倒れた。「一方で、つちのこ饅頭の注文は入り続ける。皆さんが待ってくださっている。この味を守っていかなければ、お客様にも、父親にも、そして応援してくださる地元の方々にも申し訳ない」と三代子さんは覚悟を決めた。
病床の父親にレシピと作り方を聞き、試作を繰り返した。最中「ひょうたんおしょう」の餡の味がやっと再現できた朝、先代は亡くなった。そうして今、三代子さんは家族と一緒に上下町に住み、製造、配達、営業、事務、すべてに携わっている。

先代の時代から一緒に作業してきたスタッフとは、言葉はなくても作業は着々と進んでいく。

変わらぬ味の再現に試行錯誤する日々

 「つちのこ饅頭」は、1日平均700個、正月、行楽シーズンやお盆が近づくと1日に1500個も作る。変わらぬ味を守るために、やならければならないことは多岐にわたり、毎日違う。季節によって日によって、気温も湿度が変われば材料のなじみ方も異なってくる。その都度、配合や生地を置く時間などを調整する。饅頭をオーブンに入れてからも、まんべんなく火が通るように饅頭の置き場所をこまめに変えるなど目が離せない。1日の作業が終われば、機械を部品まで分解し、一つひとつを丁寧に洗ってまた組み立てる。2時間はかかる。これをおろそかにすると味だけでなく事故にもつながる。寒い季節は特につらい作業だ。
夜、小学生のお子さんを寝かしつけた後に再び起きて工場に戻る。そんな時、三代子さんが思い出すのは「無理をするな」という先代の優しい言葉。「一人で泣きたくなることもあります。大変だけど、私の勝手でやめるわけにはいかない。今は無理をするとき!」と自分を奮い立たせている。

菓子作りは手作業で仕上げられる。指先の感覚を頼りに、生地を伸ばしながら餡を包んでいく。

全国に知られるお菓子を目指して

先代が残したもう一つの看板商品「スイートポテト」。栗が練り込まれているところが珍しい。

 つちのこ饅頭と並ぶ人気を誇るのが「スイートポテト」。サツマイモを使った日本の代表的な洋菓子の一つだが、「風月堂はひと味違う」と人気を集めている。その理由は、生地に練り込まれた粒々の栗。しっとりとした生地の合間に、時おり栗が現れる。食感の違いがなんとも楽しくて、ぜいたく感もある。1日あたり平均500個、多い時は1200個も作るそうだ。焼きあがった端から袋に詰めていく。在庫ができる暇がなく、注文の電話に「3日後なら…」と答えるほどの人気だ。
「つちのこ饅頭」も「スイートポテト」も、上下町内の商店や備後圏のスーパー、デパートやショッピングモール、広島や東京のアンテナショップにも並ぶ。ネーミングの面白さもあって、上下町出身の芸能人も “上下名物”としてテレビで紹介している。
「上下町の人は町おこしに一生懸命で、そして人に優しい。つちのこ饅頭を通して、私のこともかわいがってくださいます。つちのこ饅頭に守られている感じですね。全国で知られるお菓子にすることが皆さんへの恩返しかな」と三代子さん。風月堂の“上下名物”には、父親の温かいまなざしと地元を愛する気持ちが包み込まれている。

焼き上がって粗熱がとれたら次々と袋詰め。スイートポテトを待っている全国のファンへ発送する